廃業しなくてよい方法があります。見えない営業権とは?

M&Aの実務, 誰でもできるM&A

以前のコラムで「見えない営業権」が眠っていると伝えましたが、この「見えない営業権」とは一体何でしょうか?
具体的事例を交えて解説します。

廃業しなくてよい方法があります

水道工事業、宮近工業(仮称)を営む宮近道子さん(仮名)は御年80歳。20年前に亡くなったご主人の跡を継ぐ宮近工業の社長です。ご主人が創業した宮近工業はかつて「水道工事といえば宮近工業」といわれるほど地域では有名な会社でした。亡くなったご主人の忘れ形見と思い、経営を引き継いで今まで頑張ってきたものの、業績は思わしくありません。くしの歯が欠けるように社員も辞めていき今は従業員十人を割るまでに縮小しました。毎年の決算も赤字が続き数年前から債務超過へと陥っています。

「後継者もいないし、もうこれ以上私も経営を続けられない。廃業しかないのか」

そう思った宮近さんに、ある金融機関の担当者がM&Aによる親族外承継を勧めてきました。

「M&Aなんて冗談ばっかり。赤字の債務超過会社に興味を持つ人なんかいるはずがない」

そう考えた宮近さんでしたが、やがて自らの考えが誤りだったことを知りました。なんと金融機関の紹介でやって来た同業者の田中設備(仮称)が「ぜひ会社を譲渡してほしい」と言ってきたのです。条件は、1000万円の債務を引き継いだ上に、2000万円の譲渡金を支払うというもの。
実は田中設備には、債務と譲渡金、合計3000万円を支払ってでも宮近さんの会社を引き継ぐメリットがあったのです。それは、宮近工業が持つ

  • 公共工事への参入資格(実績)
  • 豊富な顧客網
  • 経験豊富な職人

が欲しかったからです。
田中設備は業績好調とはいえ、大手の下請けを主とする会社。元請けへの転身はかねてからの目標でした。長年の実績と信用によって築き上げられた宮近工業の持つ公共工事への参入資格と、地域の有力企業とのパイプは、簡単に手に入るものではありません。その上、そこで働く熟練の職人も引き継げるとなれば大きな価値となります。
同じものを手に入れるコストと時間を考えれば3000万円は決して高い金額ではなかったのです。
こうして成功したM&Aによって、宮近さんは会社をつぶさず、お客様と従業員に迷惑を掛けることもなく、ハッピーリタイアメントを手に入れたのでした。

見えない営業権とは

「見えない営業権」とは決算書(貸借対照表)に表れない資産をいいます。最近では「営業のれん代」と称する場合もあります。
どんな会社にも、商品、顧客、そして働く人がいます。実績や信用があり、場合によっては許認可や免許、総称して知的資産を保有していることもあります。事業をしていると、こういったものは、ごく当たり前のもののように思えますが、別の経営者から見れば、とても魅力的であり簡単に手に入らないものである、ということもあります。
例えば、多くの会社には、そこで働く社員がいます。社員がいるのは当然のように思えたりもしますが、人材難のこの時代、社員の採用は決して簡単ではありません。実際、人材の採用コストは増加傾向にあり、ある調査会社の調べでは、新卒採用で平均約50万円、中途採用で約40万円~300万円にも上るとみられています。買収した会社に10人の社員がいれば、400万円程度の採用コストを浮かせられますし、その社員が有益な資格を保有する熟練度の高い社員であれば、その価値は何百万円、何千万円にもなるのです。
人材だけではありません。宮近工業の事例のように、その会社が持つ実績や顧客構造が他社にとって重要な資産となり、高値で売り買いされることは多々あるのです。

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