なぜ会社を譲渡するのか? ~二代目社長の苦悩~

スモールM&Aにおける売手と買手, 誰でもできるM&A

会社を譲渡する理由には、内部的要因、外部的要因とありました。実は、このいずれにも当てはまらない要因でM&Aを選択する事例もあるのです。

「実は経営に飽きたんだ」

昨年末、ある保険営業マンから「知り合いが会社を譲渡したいので手伝ってほしい」との依頼を受けました。会社は大手家電メーカーの部品を製造する三田製作所(仮称)です。59歳になる二代目経営者、三田恵三社長(仮名)を訪ねると、高い技術力を保有し、資産も十分な上に毎年利益も着実に出ている優良会社であることがわかりました。

通常なら有望な案件と喜ぶべきなのですが、私には一つだけ引っ掛かるところがありました。それは、会社の譲渡理由が判然としないことでした。三田社長は「後継者がいないから」との理由を挙げるのですが、同時に「必ず来年3月までに」と早期の譲渡をしつこく口にされるのです。娘さんしかいない社長が親族外承継としてM&Aを考える理由はわかりますが、経営も順調であり、59歳の健康な社長が3か月という短い期間での会社譲渡を考える理由にはなりません。

スモール(中小零細企業)とはいえ通常、企業のM&Aが完了するには半年程度の時間を要します。決算書をはじめ、保有する技術やビジネスモデルも申し分ない案件であり、早期に相手を見つけて譲渡することも不可能ではないとはいえ、急げば急ぐほど買い手企業に買い叩かれ、譲渡金額を低く抑えられることも考えられます。

それ以上に、譲渡を急ぐ裏には、われわれ仲介会社にも言えないような大きな簿外債務や隠された問題(瑕疵)があるのでは、とさえ疑ってしまいます。われわれ専門家にとって、売り手企業の経営者と信頼関係が築けないままM&Aのお手伝いをすることは、難しいことなのです。

言葉を濁す社長に、何度も粘り強く理由をお尋ねしました。それに根負けしたのか、ある食事の席上で三田社長は譲渡する本当の理由をこう語ってくれました。

「実は経営に飽きたんだ」

最初は冗談かと思えたその言葉が、本音であるとわかったのは、三田社長がこれまでの半生を語ってくれたからです。

「経営者のままで人生を終えるのか?」

もともと会社の経営に興味がなかった三田社長は大学卒業後、大手広告代理店に勤める傍ら、サーフィンを趣味に人生を満喫していました。しかしそんな生活も、ある日降りかかった先代の社長である父の交通事故死という悲劇で一変しました。家族は突然のことに動転し悲しみに暮れましたが、一人息子である恵三さんは悲しんでばかりはいられません。なぜなら三田製作所には父に代わって会社の経営にあたる後継者がいなかったからです。

先代社長は、継ぐ気のない息子の代わりに外部から後継者の招聘を考えていたのでしょうが、突然の事故はその矢先で、何の準備もできていなかったのです。そこで動揺する家族や社員を落ち着かせるため、恵三さんは仕方なく会社を継ぐ決意をしたのでした。

それ以後30年、三田社長の怒涛の経営人生が続きます。最初は期待と励ましに包まれた二代目就任でしたが、それはやがて、二代目の経営能力への不安になりそして不信へと変わります。離反していく古参の幹部や、先代社長と比べて明らかに軽んじた態度を取る取引先や同業者の態度に悔し涙を流したことも一度や二度ではありません。しかし家族のため、社員のため、そして亡くなった父のため、生活のすべてを投げ捨てて会社に人生をささげてきたのです。そのかいあって三田社長は見事この会社を優良企業として安定させることに成功したのでした。

そんな三田社長が59歳となったある日、街中を歩いていると、サーフィンショップが目に留まりました。ショーウィンドウの奥にはかつて熱中したサーフボードが見えます。懐かしさに見とれていたとき、ふとガラスに映った自分の年老いた顔に驚いたそうです。

「俺はこのまま年老いて死んでいくのか」

二代目社長として会社を継いだことに後悔はありません。しかし気づけば、父の亡くなった年齢に達しようかというとき、残りの人生を本意ではなかった経営者として費やすことに疑問を感じたのでした。

「60歳を経営者としての区切りにして、第二の人生を歩みたい」

会社を譲渡する本当の理由「経営に飽きた」とは、第二の人生を自分の思うように過ごしたいという正直な気持ちからなのでしょう。家族も従業員も、長年苦労してきた三田社長を知る人々は皆、この思いを受け入れてくれました。しかし、金融機関や外部の人に、思いを正確に伝えるのは簡単ではありません。三田社長が譲渡の理由に言葉を濁す理由はそこにあったのです。

多様化する経営者の価値観

実は三田社長のようにそれまでの経営としての人生に自ら区切りをつけるべくM&Aを検討する経営者は今、少なくありません。

  • ボランティア活動に人生をささげたい。
  • 夢だった海外への移住を始めたい。
  • 苦労をかけた家族のために時間をつかいたい。

価値観が多様化するなか、M&Aをポジティブにとらえ人生を積極的に変えようとする経営者が増えたことは決して不思議なことではないのです。M&Aを後ろ向きやネガティブに捉える時代が過ぎ、事業承継の最終的手段としてのみM&Aを選択するという時代も終わりつつあります。今や価値観の多様化と目まぐるしく変わる環境変化に対応すべく、事業のさらなる発展につなげるポジティブな手段としてM&Aを積極的に利用しようとする方々が増えているのです。

スモールM&Aの新たな波がもうそこまで来ています。

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